豊川地区
豊川 7件
川沿小学校校舎落成記念碑
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*昭和31年9月建設の旧校舎(川沿小中学校)に代わり、現在の校舎に建て替えられた記念に、
校舎落成記念事業協賛会が校舎前庭に、昭和58年11月に建立。
校訓の「友愛・自主・不撓」が刻まれ、裏面には学校の沿革の概要が記されています。
校舎落成記念事業協賛会が校舎前庭に、昭和58年11月に建立。
校訓の「友愛・自主・不撓」が刻まれ、裏面には学校の沿革の概要が記されています。
川沿小中学校校門跡
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昭和58年11月13日の川沿小学校新校舎落成記念式典から、 平成7年5月29日のプール建設開始までの間の写真
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昭和31年9月 川沿小中学校校舎改築工事後の校舎
*昭和22年5月に、川沿小学校に沿中学校を併置し、川沿中学校が開校し、
昭和49年3月に中学校の統合により閉校(廃校)しました。
校門跡は、現校庭の東側、道道北見常呂線に面しています。
*旧小中学校校舎は、昭和31年8月校舎改築工事完成後のもの。
昭和49年3月に中学校の統合により閉校(廃校)しました。
校門跡は、現校庭の東側、道道北見常呂線に面しています。
*旧小中学校校舎は、昭和31年8月校舎改築工事完成後のもの。
聖徳太子碑
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大正11年6月建立の初代聖徳太子碑
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平成4年8月1日 高徳寺境内に新しい聖徳太子碑建立・除幕式
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「ところ文庫10 常呂町歴史散歩」(常呂町郷土研究同好会/刊)から抜粋
*高徳寺の境内には「聖徳太子碑」がありますが、この碑が建立されたのは
大正11年6月のことで、常呂川の治水工事の着工と工事の安全を願って、
工事関係者と下常呂原野に入植していた地域の住民が、日本における治水工事の
祖といわれる聖徳太子の徳を偲び、この碑を共立川東の小高い丘の上に建てました。
治水工事が完成した後の昭和7年には、当時富丘にあった高徳寺にこの碑は移され、
46年、高徳寺が豊川に移転したのに伴って聖徳太子碑も移されました。
平成4年には建立70周年を記念し、老朽化した石碑が建て替えられました。
*初代の聖徳太子碑は、高徳寺から平成4年6月26日に北見河川事務所敷地内に
移転・入魂式
*現在の聖徳太子碑は、平成4年8月1日に建立・除幕式
*高徳寺の境内には「聖徳太子碑」がありますが、この碑が建立されたのは
大正11年6月のことで、常呂川の治水工事の着工と工事の安全を願って、
工事関係者と下常呂原野に入植していた地域の住民が、日本における治水工事の
祖といわれる聖徳太子の徳を偲び、この碑を共立川東の小高い丘の上に建てました。
治水工事が完成した後の昭和7年には、当時富丘にあった高徳寺にこの碑は移され、
46年、高徳寺が豊川に移転したのに伴って聖徳太子碑も移されました。
平成4年には建立70周年を記念し、老朽化した石碑が建て替えられました。
*初代の聖徳太子碑は、高徳寺から平成4年6月26日に北見河川事務所敷地内に
移転・入魂式
*現在の聖徳太子碑は、平成4年8月1日に建立・除幕式
豊川巖地神社馬頭観世音菩薩
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「ところ文庫10 常呂町歴史散歩」(常呂町郷土研究同好会/刊)から抜粋
*豊川巖地神社の境内には馬頭観世音菩薩の石碑が建てられています。
これは、大正7年、地域有志が馬の慰霊供養のために建立したもので、
昭和31年7月に現在の石碑に建て替えられています。
*豊川巖地神社の境内には馬頭観世音菩薩の石碑が建てられています。
これは、大正7年、地域有志が馬の慰霊供養のために建立したもので、
昭和31年7月に現在の石碑に建て替えられています。
豊川区開基百年記念碑
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「豊川区開基百年記念誌 ふるさと」から抜粋
*開基百年に当たり、茲に、先人の偉業を称え、今日の豊かな郷土に喜びと誇りを感じ、
次の世代へ限りない未来を拓き、大きく飛躍する事を祈念し、拓翔と記し、記念碑を建立する。
*平成7年9月20日完成、碑除幕は11月26日午前10時。
*記念碑は、豊川地域環境改善センター前駐車場南側横にあります。
*開基百年に当たり、茲に、先人の偉業を称え、今日の豊かな郷土に喜びと誇りを感じ、
次の世代へ限りない未来を拓き、大きく飛躍する事を祈念し、拓翔と記し、記念碑を建立する。
*平成7年9月20日完成、碑除幕は11月26日午前10時。
*記念碑は、豊川地域環境改善センター前駐車場南側横にあります。
豊川区地域図
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*開基百年記念碑の左横にあり、「豊川区地域図 平成7年度作成」の文字と
豊川区全体の地図と各戸が刻まれています。
豊川区全体の地図と各戸が刻まれています。
電子基準点
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*豊川地域農村環境改善センター敷地内の北側に設置されている電子基準点。
地上約2万kmの高さを周回するGPS衛星が発信する電波を受信し、この地点の位置を観測する施設で、
受信データは毎日国土地理院に電送。豊川区に設置している形状は設置年度から「94型」。
*電子基準点は、全国約1,300ヶ所に設置されたGNSS連続観測点です。外観は高さ5mのステンレス製ピラーで、
上部にGNSS衛星からの電波を受信するアンテナ、内部には受信機と通信用機器等が格納されています。
基礎部には、電子基準点付属標と呼ばれる金属標が埋設してあり、トータルステーション等を用いる測量にも
利用できるようになっています。(国土地理院の「電子基準点」解説から)
地上約2万kmの高さを周回するGPS衛星が発信する電波を受信し、この地点の位置を観測する施設で、
受信データは毎日国土地理院に電送。豊川区に設置している形状は設置年度から「94型」。
*電子基準点は、全国約1,300ヶ所に設置されたGNSS連続観測点です。外観は高さ5mのステンレス製ピラーで、
上部にGNSS衛星からの電波を受信するアンテナ、内部には受信機と通信用機器等が格納されています。
基礎部には、電子基準点付属標と呼ばれる金属標が埋設してあり、トータルステーション等を用いる測量にも
利用できるようになっています。(国土地理院の「電子基準点」解説から)