ところ・どころ・フォトギャラリー


ところ・どころ・フォトギャラリー「昭和初期の常呂あれこれ」

湧網線
昭和11年 湧網東線線路施設後の鉄橋付近

昭和9年5月、湧網東線(卯原内・常呂間)の工事着工、昭和11年10月10日開通。

*常呂図書館は、旧常呂町時代に広報や記念史
 発行時に収集した写真やネガをを中心に、
 新たに収集した写真も含めてデジタル化し、
 膨大な量を保存しています。
*このギャラリーは、その中から毎月テーマを
 決めて常呂の歩みをご覧いただきます。
*5月のテーマは「昭和初期の常呂あれこれ」
 です。
*昭和10年代までの常呂のできごとや建物
 などを紹介します。

画像スライド集

高徳寺
昭和6年11月24日 高徳寺本堂完成(富丘)

豊川にある浄土真宗大谷派高徳寺の始まりは、明治42年に東1線13号に駐在布教所(富丘)の開設。
大正6年5月6日に説教所の本堂が完成しますが、大正11年8月の大洪水で本堂が流失。
大正12月に西2線14号の高台に仮積極所を建設。
昭和5年10月に本堂造営に着手、翌6年11月24日に完成、高徳寺の公称許可。
昭和46年9月5日に富丘から豊川に移転します。

昭和6年9月14日 常呂神社唐獅子石灯籠奉献記念

昭和4年5月4日に、弁天神社と呼ばれていた常呂神社が無格社として公認されます。

昭和8年 常呂漁業協同組合が常呂神社に御神輿を寄贈
昭和8年 常呂漁業協同組合が常呂神社に御神輿を寄贈

小原友徳著「私の歩んだ回顧録」に、「常呂神社が御神輿を京都から購入(御輿810円、付属品・荷造料250円)」の記載があります。

昭和2年8月岐阜部落入植30周年記念式.
昭和2年8月 岐阜部落入植30周年記念式.

昭和2年8月2日に岐阜地区入植30周年気炎式典を行い、式典後、仮装行列、夜間は青年の演劇で賑わう(岐阜部落開基80周年記念誌)
これを記念して「30年記念碑」(西5線6号の岐阜尋常小学校)建立。
(注:現在は、岐阜集落センター敷地内にあります)

昭和8年9月 消防番屋建設頃の常呂消防組
昭和8年9月 消防番屋建設頃の常呂消防組

大正2年9月に常呂村消防組が公認許可され、腕用ポンプ1台配置。11月に常呂村消防組発会式。
昭和8年9月に常呂消防番屋建設。写真はその頃のもの。

昭和9年1月7日 常呂消防組出初め式
昭和9年1月7日 常呂消防組出初め式

写真の場所は、前年に建設した消防番屋前と思われます。

昭和6年3月25日 常呂信用購買販売利用組合(産業組合)許可
昭和6年3月25日 常呂信用購買販売利用組合(産業組合)許可

写真は絵はがきで、右上に岐阜地区にあった集乳所。左下は現在の常呂町農協の前身、産業組合。
昭和6年3月25日に常呂信用購買販売利用組合(産業組合)が許可され、翌7年1月29日に創立総会。
昭和9年7月に岐阜集乳所着工、11月30日竣工。

昭和10年9月16日設置(日吉)手師学郵便取扱所.
昭和10年9月16日設置(日吉)手師学郵便取扱所.

当時の地番は、常呂村手師学209番地の1

昭和10年11月1日 上川沿郵便局が川沿郵便局に改称
昭和10年11月1日 上川沿郵便局が川沿郵便局に改称

現在の豊川郵便局のことで、写真は解消当時のもの。

昭和34年 常呂駅前交差点
昭和34年 常呂駅前交差点

建物の右が集乳所、左が配給所。
昭和11年に上川沿地区に道補助乳牛20頭、千葉県から優良牛導入し、産業組合が上川沿に集乳所を設置。
昭和13年4月に産業組合川沿支所が配給所として業務開始。

昭和10年3月9日  常呂漁協改組認可、事務所移転
昭和10年3月9日 常呂漁協改組認可、事務所移転

昭和10年3月9日 に鐺沸漁業組合を無限責任常呂漁業協同組合に改組し、認可を受け、4月1日登記。
事務所を鐺沸から常呂村市街地に設け、信用購買、販売事業の取り扱いを開始。
写真は昭和13年8月頃の漁協事務所とホタテの貝柱乾燥風景。

昭和13年頃の常呂川河口・極東缶詰会社常呂工場
昭和13年頃の常呂川河口・極東缶詰会社常呂工場

社員は絵ハガキ。
右上は昭和11年10月10日開通の湧網東線の常呂川河口に架かっていた鉄橋。
左下は昭和9年8月、現在の豊浜に極東缶詰工場大規模工場建設、ホタテ・毛ガニ缶詰製造。
後に「常呂缶詰KK」になり、その後「北海道食糧缶詰KK常呂工場」に。

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